2019年月1日以降の日本の元号が「令和」(れいわ)となる事が発表された。「平成」となったときも「何だ?それ?」と思った記憶が蘇るが、今回も違和感は大きい。いすれにしても、使われて行くうちに、馴れてしまうんだろう。

 新元号の由来は、万葉集のうち、

巻五「梅花(うめのはな)の歌三十二首并せて序」の、

天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。加之(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きにがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。ここに天を蓋(きにがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(かづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(えり)を煙霞の外に開く。淡然(たんぜん)と自(みづか)ら放(ひしきまま)にし、快然と自(みづか)ら足る。若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以(も)ちてか情(こころ)を述(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今(いま)とそれ何そ異(こと)ならむ。宜(よろ)しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

の「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ」(初春令月、気淑風和)から「令和」らしい。ほとんど、何の関連も無い、令と和を繋げてしまっている。出典の本来意味するところは、ほとんど「春」と云うに過ぎない。そろそろ元号は廃止してもいい頃だと、つくづく思う。


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 万葉集は、関 裕二 氏の著作に拠れば、藤原氏(関氏は、藤原氏を、百済王族の扶余 豊璋 https://ja.wikipedia.org/wiki/扶余豊璋 の末裔だとする)の拡がりに抗する大伴氏(日本の古来の王族周辺の豪族)による反抗の書だとする。約1,400年ぶり(645年の乙巳の変から数えて)の日本の既存権力に対する革命が、「令和」の世に成る事を願う。


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 そして思う。令和の俗称は、0○で定着するのではないか、と。ゼロ(零)の0と、輪の意味での○(まる)。


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 なお、reiwa.comは、The Real Estate Institute of Western Australiaが保有しているそうですが、私もレイ豚(レイは柏レイソル<Kashiwa Reysol>のレイから)を称している事もあり、rey-wa.comを保有するに至りました(https://rey-wa.com/ まあ、金払って入手した訳だが。飽きたら、棄てるかも)。