この漢字「亰」については、かつても、当ブログの中の、どこかで書いた事がある筈なんだけど、探し出せない。でもって、この漢字の使用について、結構な事が、その後、分かったので、書き継いでみる次第。

 ちなみに、小さいままだと、分からないだろうから、大きく表示。
亰
通常の東京、京都の「京」は、小の上は口なのですが、ここが日になったもの。

 私が、この字を知ったのは、1970年代末から1980年代半ばの頃の岩波書店広報誌「図書」だったと思います。その記事(誰かからの寄稿だった筈)では、昔「東京」を「東亰」と書き、トウケイと読んだ、って書いてありました。曰く、「偽りの京(みやこ)」としての意識から、との事。
 東京をトウケイと呼んでいた事は広く確認出来ます。簡単なものは、浮世絵。明治時代になって、日本土産としての浮世絵が外国人相手に売られました。所謂「横浜絵」なんかが、それに当たります。そこに、外国人向けの日本土産と云う性格もあり、アルファベットが書かれている事もあります。そこに、Tokeiって書かれているものがあるんです。

 …でもね、京都だって、初代 広重の浮世絵版画「保永堂版 東海道」(浮世絵記載のシリーズ名称は「東海道五十三次之内」、別にハンコの様な形で個々の版画の名称)では、京師と書かれてます。読みは、音読みでケイシ。当時は、日本語には正書法が無く、同じ表記を音読みでも訓読みでも振り仮名が振ってある例などもありますから、訓読みでは「みやこ」と読んでいたかも知れませんけどね。
 つまり、ケイ(シ)と読んだからと云って、ケイシ(軽視)したものとは言えない、って事。

 明治時代は、殊更、日本語の表記が混乱した中で統一に向かおうとしていた時代で、もしかしたら、トウケイのケイには、「偽りのみやこ」との隠された意味が意識されていた可能性もありますが、日本の歴史を通じて見れば、京をケイと発音していたからと云って、それが軽視の現れではない、ってのは、ほぼ確実な事として言えます。

 また、私は、上記の様な記憶があったので、美術品の中での亰(小の上が日の方)の字の出現には殊更注目していたのですが、東京国立博物館での「タイ~仏の国の輝き~」展(会期:2017年7月4日~2017年8月27日。https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1848 )で、今のベトナムのトンキン(東京)に、この字を使っているのを見ましたが、同博物館 本館2F 2室(国宝室)で2017年8月29日~2017年9月24日の会期で展示された「一遍聖絵 巻第七」でも、この字(亰の字)を使っているのを見ました(http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4967 )。ここでは、京都の京の替わりに亰を使っているので、別に偽りとかの意味が無く、京と全く同じ様に使われているのは明らか。

 そして、決め手は、藤原 定家・筆「更級日記」(定家による写本)。ここに、みやこの意味で(=京と同じ意味で)亰の字がありました。東京国立博物館で2019年5月3日~2019年6月2日の会期で開催された特別展「美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―」での展示で、です(https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1942 宮内庁三の丸尚蔵館・所蔵)。https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1942 に画像もあり、それを加工して、亰の部分を示したのが、これ。
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これで、亰の字が、京と全く同じ意味で使われていた事が明らかになった、と考えます。

 なお、検索してみると、http://kanjibunka.com/kanji-faq/jitai/q0176/ (大修館 運営のページ)などの記事も見つかります。