黄色い豚@日立柏酒場裏(ライブドア・ブログ公開版)

https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda からhttps://reywa.blog.fc2.com/ (2019年8月29日以降の私のメイン・ブログ)に移行したデータを用いて、更に、ここに移行しました。 データの由来(成り立ち)の詳細は、http://reywa.weblog.to/archives/5241451.html を ご覧下さい。

カテゴリ: 単なる感想

 2020年5月29日のNHK朝ドラ(第45回)で、二階堂ふみ がオペラ「椿姫」(La Traviata)からの歌を歌ってたけど、素晴らしものだった。何か、朝ドラ用に改変されてるのかと思って、手元にあるWOWOW_192で2018年5月26日18:30頃~放送されたMET(メトロポリタン歌劇場)のS.ヨンチェヴァ主演のものと見較べてみたけれど、改変は無い模様。

 さすがに、S.ヨンチェヴァのものに較べればテンパり過ぎな気はするし、細かな歌詞との間の抒情の揺れが読み取れない様なところはある(そもそも、オペラ界の頂点にいる歌手と、短期間の訓練を受けただけの女優を較べるのは、酷。また、S.ヨンチェヴァをしのぐほどだったら、却って、ドラマの設定を超えてしまい、おかしいし、二階堂ふみは、別の道を目指すべきだって話になってしまうw)けれど、それでも、もう直ぐ死ぬって状態で歌っている事を考えれば、二階堂ふみの方が真に迫っているとも思える。私は、ブルーレイディスクの保存用に、S.ヨンチェヴァの全幕版と並んで、二階堂ふみの約3分9秒版を格納させて貰った。

 ちなみに、二階堂ふみの歌った歌詞は、

オペラ対訳プロジェクト の「椿姫」(La travieta)のページ https://w.atwiki.jp/oper/pages/105.html から

Act III(第3幕=終幕)https://w.atwiki.jp/oper/pages/109.html の1/3を超えた辺り
39e0aad6.jpg

歌った部分を赤く囲った。本来ならば、同じメロディラインで2番まであるところの1番部分だけ。

 ヤフー・ブログの記事のURLは、ヤフー・ブログの記事である事を示すhttps://blogs.yahoo.co.jp/ の次に、そのブログのID(ニックネームの場合あり)、そして、その記事の格納されているサーバでの記事の連番と続きます。FC2などでは、最後の部分が、このIDでの記事の番号なのですが、ここは、ヤフーの特徴。

 私の記事の最初は、2005年8月12日の

https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/8717961.html

これと、この記事の一つ前の

2019/7/6(土) 午前 1:05 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65304109.html

とを較べると、この番号は、

 871796



65304109

と変化した事が分かります。なお、この番号は、それぞれのIDの格納されているサーバでのもの(必ずしも、同じサーバである事を意味しない。こうして、意味づけた領域を増やして行ってる、って事。サーバの有効稼働率は、どんどん落ちる道理だし、サーバ領域当たりの閲覧数も、どんどん落ちて行く道理)である様で、IDにより、番号(ユニークな番号)の値の大きさ、範囲などは、異なります。ですので、同じ時期の記事であっても、IDが異なれば、番号の値のある範囲は大きく異なる様です。

ちなみに、私はニックネームでブログを開設しています(IDとは別)が、開設時期が2005年8月と古いので、この時期のブログは既に閉鎖されたり、更新が停止されているものも多い様で、値の動きがそんなに大きくないのですが、それでも、最近は、この番号の増加は少ない様で、ときに減っている様が見受けられます。

 ここ1週間ばかり、私の記事はほぼ毎日UPしていた(昨日2019年7月8日はUP無し)ので、この期間ををサンプリングしてみると、

2019/6/29(土) 午後 8:39 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65302126.html
2019/6/30(日) 午後 8:00 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65302469.html  +343

2019/7/1(月) 午前 0:18 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65302565.html (非公開記事)+096
2019/7/2(火) 午前 1:47 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65302967.html  +402
2019/7/2(火) 午前 6:21 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65302973.html  +006
2019/7/2(火) 午後 6:39 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65303139.html  -834
2019/7/3(水) 午後 6:52 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65303450.html  +311
2019/7/4(木) 午前 5:59 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65303586.html  +136
2019/7/5(金) 午前 0:01 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65303813.html  +227
2019/7/6(土) 午前 1:05 https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65304109.html  +296

減ったところは、誰かがブログを削除して、番号に空きが出来たと云う事であり、そこを埋める形で番号が使われた、って事です(単なる引っ越しでは番号は減りません)。

 これを見る限りは、私の様な古いユーザのレベルでは、毎日300件前後の記事の投稿はある様なのですが、大きく見れば、この値の変動幅がどんどん小さくなって行くのでしょうね。それは、他のブログに引っ越した、って事の現れとみていいかと思います。ヤフーの公式移行ツールで引っ越しを行った途端に、ヤフー・ブログでの更新が出来なくなりますから。

 取り敢えず、私のIDの格納されている範囲のサーバで値をサンプリングしておいて、少し後の時期の番号の変動幅を較べてみたい、と考え、ここで記録に残しておくものです(まあ、この番号は記事が残っている限り、後からでも検証出来るので、「記録に残す」意味なんて無いんだが…笑。実は、他人様に対して、この値への注目を呼びかけ、時に「わびしさ」を噛みしめて頂きたい、との悪意の現れw)。まあ、表題負けの記事。

 もう少し長く見ていると、この値の変動幅がどんどん小さくなって行くか、それとも10年選手のブログは最後まで健闘を続け、変動幅は変わらないか(きっと、ブログの更新停止直前は「祭り」状態で記事が上がって行くものとは思うが…)、注視してます。




 素直に歓迎したい。百田尚樹が小説家引退を表明した由(https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/百田尚樹氏-小説家を引退…%EF%BC%91%EF%BC%95作目で「最後にいい作品を書けたから満足」/ar-AACLuSd?li=AAdCYb&ocid=spartanntp )。ホントかどうか、は疑わしい気もするが…とにかく、維新の会絡みの政治家や、高須クリニック院長の高須 克弥 氏のごとく、本業とは全く関係のない事で報道される事が多く、名前を聞くのも嫌になっていたから。
 出来る事なら、この人に関する「ど~でもいい」報道を目にしないで済ます事が出来れば、世は少し平和になるんだろうが、そうも行かない様子。それにネットの設定などで「報道で、あるタイプのものをオミットする」なんてものが世の常になってしまったら、まさに「臭い物に蓋」。世の人々が知らぬところで巨悪が育つ事になる。それを防ぐ為にも、「臭い物に豚(レイ豚)」。

 まあ、四流小説家のくせして、よく売れた事、驚くしかない。

 私は、実際に百田尚樹の作品を読んだ事は無いので、しっかりと批判する事は出来ないが、それにしても「永遠の0」なんて、映画を見る限り、単に、「卑怯者」と呼ばれながらも人命重視の飛行機の操縦を教えていた筈の軍の教官が、教え子を戦争に送り続け、教え子が戦争で次々亡くなって行く事で、良心の呵責に疲れ切って諦めてしまった、てだけのの筋書きなのに、あの映画レベルでも「感動した」とか言う人がいて、驚いていた。単に、画面を作り込めば、ああした連中は「感動」しちゃうんだろか? その論理の薄っぺらさを、どう思ってるのか?気付かないのか? それとも、人間って、そうしたものだと思っているのか。
 あと、私が見た百田尚樹原作の映画としちゃ、「海賊とよばれた男」があるが、あれとて、映画で描かれた範囲内は、誰でも知ってる話の範囲内。何を世に問おうとしたのか、の志は感じなかった。唯一目を瞠(みは)ったのは、出光佐三の執務室での東洋趣味の芸術品が、見た範囲では出光術館所蔵の本物の様子だった事。この映像の一部分だけに目が行っていた記憶がある。
 「フォルトナの瞳」に至っては、有森架純の「妖艶な演技」とされるものに心惹かれたものの、「どうせ、また百田か」と思い、見に行かず終いになってしまった。

 よく売れた故か、幻冬舎なんかは、百田尚樹の「日本国紀」をウェブからのコピペ本だとして批判する作家との契約を切った。単純に、売り上げを優先した結果。担当編集者の有本香は、百田尚樹の売り上げをバックとせずに、まだ編集者としてやっていけるだろうか?

 また、百田尚樹は、「空母いぶき」に首相役で出演した佐藤浩市が、漫画雑誌のインタビューで「最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」と発言し、首相役を首相役を虚弱体質の「直ぐにお腹を下し、トイレに駆け込む」様なものに変更して貰ったとされている事に対し、「三流役者が、えらそうに!! 何がぼくらの世代では、だ。人殺しの役も、変態の役も、見事に演じるのが役者だろうが!」「私は自分の作品の映画化に関して、キャスティングに口出ししたことは一度もない。しかし、もし今後、私の小説が映画化されることがあれば、佐藤浩市だけはNGを出させてもらう」と発言したとされる(https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_1391214/ など)。これも、原作者が了承しているのであれば、百田尚樹が口を出すレベルの話ではないものだし、安倍晋三が潰瘍性大腸炎に苦しんでいた事を想起させるのであれば、それは「現実に近づけた」とも言える訳で、「俳優は原作に口を出すべきではない」ってのは、飽くまで百田尚樹の思いでしかない。私も、百田尚樹原作の映画には、出演しない事を表明させて頂く(爆)。

 彼には一言を贈りたい。「出版界、とくに文芸の業界はうんざりするような連中が多すぎる」。百田尚樹って、立つ位置が変われば見方が変わる、って事を理解していない人だって、心の底から思う。

 ところで…私、今回検索していて、百田の姓が「ひゃくた」って読む事に初めて気付いた。今まで、変な姓だと感じながら「ももた」って読んでた。百田尚樹よりは、世間で遙かに尊敬を集め重視されてる、百田夏菜子(二流女優かもしれんが、四流作家よりは遙かにマシ)の百田は、「ももた」なんだし。もしかしたら、この姓は、百済(韓国の地にあった古代国家)由来のもの??
 そう言えば、顔も、韓国国会議長にそっくりだ。


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<追記 on 12 Jun 2019>

 どうやら、百田尚樹は所謂「辞める辞める詐欺」の常習犯らしいです(https://www.msn.com/ja-jp/news/national/百田尚樹氏「文芸の業界うんざり」またまた引退宣言/ar-AACLCPk?li=BBfTvMA&ocid=spartanntp )。




 出典からすれば、「れいわ」(Reiwa)の読みで問題無いのだが、この並びだと、「りょうわ」の方が自然なんではないかな、とも思う。力の入れ具合によって「にほん」「にっぽん」が言い分けられ、十本の十が共通語で「じっぽん」(これが「日本」の当時随での読みに近い)「じゅう」と言い分けられるのと同じ事。

 その他、ニュースから。

アシカが「令和」を揮毫。
https://mainichi.jp/articles/20190401/k00/00m/040/167000c
これが、一番ビックリ。筆を持ち替えていたので、起点を人が指示し、筆によって「縦」「横」「払い」なんかを書き分けるのかな?とも思うのだが。

 次は、アシカほどの驚きは無いが、期待通りの大阪人の行動…とは言え、実は東京の新橋駅前でも同じ様な状況だったらしい。

大阪・梅田&高島屋前は、号外待ちで混雑
https://www.lmaga.jp/news/2019/04/63915/

新元号の号外求めて、大阪は大パニックに
https://www.lmaga.jp/news/2019/04/63919/

 ともあれ、予め分かっていた時刻通り(ではなく、14分ほど遅れたが)に発表が行われ、人々が悲しみの中ではなく、穏やかな気持ちで発表を待つ…なんてのは、恐らく初めての事。
 昭和の終わりは、私には印象深い。通勤電車の中で、ラジオを聞いてたおじさんが、みんなに教える様に「昭和天皇、死んだって!」とつぶやき、みんなが「ああ、そうか」とタイミングに驚きながらも、納得した様な事は、今回は無かった訳だ。「平成」の発表だって、私は後で知ったが、今回は時刻が分かっていただけに…みんな、TVやウェブ、見てたよね?(笑)


 2019年月1日以降の日本の元号が「令和」(れいわ)となる事が発表された。「平成」となったときも「何だ?それ?」と思った記憶が蘇るが、今回も違和感は大きい。いすれにしても、使われて行くうちに、馴れてしまうんだろう。

 新元号の由来は、万葉集のうち、

巻五「梅花(うめのはな)の歌三十二首并せて序」の、

天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。加之(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きにがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。ここに天を蓋(きにがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(かづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(えり)を煙霞の外に開く。淡然(たんぜん)と自(みづか)ら放(ひしきまま)にし、快然と自(みづか)ら足る。若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以(も)ちてか情(こころ)を述(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今(いま)とそれ何そ異(こと)ならむ。宜(よろ)しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

の「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ」(初春令月、気淑風和)から「令和」らしい。ほとんど、何の関連も無い、令と和を繋げてしまっている。出典の本来意味するところは、ほとんど「春」と云うに過ぎない。そろそろ元号は廃止してもいい頃だと、つくづく思う。


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 万葉集は、関 裕二 氏の著作に拠れば、藤原氏(関氏は、藤原氏を、百済王族の扶余 豊璋 https://ja.wikipedia.org/wiki/扶余豊璋 の末裔だとする)の拡がりに抗する大伴氏(日本の古来の王族周辺の豪族)による反抗の書だとする。約1,400年ぶり(645年の乙巳の変から数えて)の日本の既存権力に対する革命が、「令和」の世に成る事を願う。


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 そして思う。令和の俗称は、0○で定着するのではないか、と。ゼロ(零)の0と、輪の意味での○(まる)。


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 なお、reiwa.comは、The Real Estate Institute of Western Australiaが保有しているそうですが、私もレイ豚(レイは柏レイソル<Kashiwa Reysol>のレイから)を称している事もあり、rey-wa.comを保有するに至りました(https://rey-wa.com/ まあ、金払って入手した訳だが。飽きたら、棄てるかも)。


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