黄色い豚@日立柏酒場裏(ライブドア・ブログ公開版)

https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda からhttps://reywa.blog.fc2.com/ (2019年8月29日以降の私のメイン・ブログ)に移行したデータを用いて、更に、ここに移行しました。 データの由来(成り立ち)の詳細は、http://reywa.weblog.to/archives/5241451.html を ご覧下さい。

カテゴリ: 単なる感想

 先ずは、この記事を。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140917-00000005-okinawat-oki
沖縄人350人(この選択で、本土由来の人がほとんどだった可能性は残るが)のDNA分析から導かれた結論の由。

 私は、極めて、穏当な結論だろうと考える。他の事実から推測出来る事を裏付けるものだと考える。他の事実とは、以下の様な事。

(1)先ず、沖縄言葉では、北をニシと呼ぶ。「いにしえ」に由来するそうだ。

(2)また、沖縄言葉では、母音は3つになるが、他の地域の例を見ても、時代の推移に伴い、母音が減る事はあっても、増える事は稀(関西言葉でも、奈良時代の母音は10個)。日本語の系列に連なる言葉を、南から来る人たちが話す理由は無い。歴史的な権力の推移で、住民の話す言葉が変わる事は歴史上あまた見られるが、沖縄にそうした経緯の痕跡が見つからない。

 台湾原住民とハワイ原住民の言葉は同系列で、海溝でプレートが潜り込んだ側に見られる火山前線に出来た島嶼に沿って移住したものと認められる。南側から来たのなら、この台湾原住民やハワイ原住民と同系列の言葉を話す筈。

(3)九州は、火山の破局的噴火に伴い、生物が1万数千年ごとに絶滅に近い事態を生じて来た土地。鹿児島県島嶼部や沖縄県北部は、この影響で、人類が絶滅した後に、移住したものと考えるのが妥当。今回のDNA解析結果も、それに何ら矛盾しない。
 (逆に言えば、九州では、今後、破局敵噴火で人類絶滅に近い事態を生ずる事は、十分考えられる。が、今は、「まだ」その兆候は無い)


 TBSテレビ「ペテロの葬列」で、犯人からの慰謝料の発送された場所のうち、かみくらスーパーの場所が不明って事になってます。群馬県にあるんだろうと言われてましたが。

 Yahoo!地図で「かみくらスーパー」を検索してみると、確かにHITしません。ドラマ制作側でも、きっと、あらかじめチェックしていたんでしょう。でも、「スーパーかみくら」ならHITします。

これ。
http://map.yahoo.co.jp/maps?p=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%8F%E3%82%89&lat=36.2719151&lon=139.1871770&type=scroll&ei=utf-8&datum=wgs&v=2&sc=3&lnm=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%83%A9&uid=c7aef49b39d24f3da52b02b51cbd449464d0f936&fa=ids
「スーパーカミクラ」。結構多くの人が、同じ様に検索してるんじゃないかなぁ?

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 検索しちゃうと、出て来る事って結構あります。黒木瞳の一人娘の、犯罪相当行為(いじめっ子を懲らしめようとしたものかも知れませんが、男性に金を渡し、同級生への強姦を依頼。結果は未遂)をした当の娘の氏名や顔写真(14歳未満だったのかも知れません)、長崎県佐世保市の殺人事件の16歳高校生の氏名や顔写真、なんかは、未成年事件ですが、簡単に検索で出て来ます。と言うか、後者なんか、一部該当文字を入力しただけで、Google検索は、その氏名を検索数が多いものとして表示してくれちゃいます。タイの13人の幼児を代理母に生ませた「かも」とされる24歳日本人男性(某新興企業の創業者の息子と思われる)の氏名や顔写真も、同様です。これはタイで報道されたものを引用した上で、検索で企業の創業者家族に結びつけたもの。滋賀県大津市での、中学生3人だったかのイジメで、同級生を自殺に追い込んだ3人の名と顔写真(親の氏名、職業も)も、簡単に入手出来ます。

 これを「嘆かわしい」とするか否か、は、価値判断の問題。日本は江戸時代は五人組で相互監視を行わせ、連帯責任を以て犯罪抑止を図った国であり、戦時体制では隣組で、同様の相互監視体制を図った国です。これは、現在の北朝鮮でも参考にされ、同様の体制が組まれています。こうした「伝統」が日本で連綿と培われて来たか?1と言えば疑問ですが、いざ犯罪が発生したとき、もしくは、「義憤に駆られる」タイプの人が、近くにいた場合、そうした情報はあっと言う間に、日本全国に知れ渡る。それは、今の日本で「当然」覚悟しなければならない事態になっている気がします。それは、いいか悪いかの問題より先に、当然予想される「事態」なのです。
 犯罪なんかと関わりないものであれば、いたずらでUPされたとしても、他の情報に埋もれて行ってしまう。けれど、いざ、犯罪が絡んだときは、緊急対応の様に拡散して行く訳です。ウェブでの検索を行わないならば、ずっと知らないままでしょうけど、ね。

 これは、将来の被害を抑制しようとする周囲の社会の当然の反応と考える事も出来ます。ゲーム理論でのコンピュータ・シミュレーションでは、犯罪者(詐欺犯を含む)が得をせず、「正直者が馬鹿を見ない」為には、犯罪者に対して、他の相手とは違う対応をするしかない、てな結論が導かれた事があります。これは、犯罪学で犯罪の本質とされるlabling theoryとも合致するもの(「何を今更」ってのは、この理論を私が初めて目にした35年近く前にも持った感想でしたので、繰り返して頂く必要はありません)。
 かつて、マリノウスキーは「未開社会における犯罪と慣習」で、社会は何も強制的な(物理的な)制裁を加えないが、村八分にする事で犯罪者を「自殺に追い込む」社会を描きましたが、今の日本にも同様の方向性はあるのかも知れません。理研の笹井芳樹・CDB副センター長の自殺を聞いたとき、私が最初に思い浮かべたのは、この著書でした(笹井氏は、犯罪者ではありませんでしたが)。笹井氏の自殺に関しては、野依良治・理研理事長の無策も大いに関係しているでしょう。野依氏は、ノーベル賞受賞者であり、文系の知識(従来の儒教系の知識)も相当なものですが、大組織を率いる際の経営者としての力量には疑問を感じます。何より、経営的な問題に帯する「科学的」切り分けが低レベル(笑)。民主党政権での事業仕分けでスーパーコンピュータがやり玉に挙げられたときには、本来、評価基準の不在を批判するか、予算に関する新たな評価基準を立てるべきと主張すべきだったと考えますが、「歴史的評価に堪える事が出来るのか」と凄(すご)ごんだだけでしたし(理研のスーパーコンピュータ「京」は、日立系の撤退に伴い、NECと日立の設計思想の両方を折衷したもので、開発予算の効率の悪いものである事は事実。半導体の開発からやってるので、産業への波及効果はあるが、中国の様な、既存の画像処理チップを転用したものより、数倍の予算を食っている。国立天文台と東京大学の共同開発コンピュータは重力計算に特化したもので、机の下にあったプロトタイプからスーパーコンピュータ本体の実現まで数年で済み、電力効率は世界最高レベル。一方の「京」は、電力使用量が大きく、東日本大震災後は電力抑制の為、最高効率を実現出来ない電力抑制プログラムで動作させざるを得なかったもの)、今回のSTAP細胞の件は、一方的に小保方晴子氏を非難するだけで、自らの組織的問題点に関しては第三者委員会に委(ゆだ)ねるだけ。その前には、まともな施策と思えるものは、あんまり聞こえて来ませんでした。時間の経過に伴い、袋小路・八方塞(ふさ)がりが発生して行くのを、拱手傍観(手をこまねいて傍観)したに過ぎない、と評価せざるを得ないものに思えます。

 しかしながら、こうした、寄って集(たか)っての非難に関しちゃ、そうあってはならない「他山の石」は、簡単に探す事が出来ます。
 一つの例は、カストロ時代初期のキューバ。人民裁判そのもので、多数の民衆に「有罪」「無罪」を問う様なものでは、まともな判断は行われません。けれど、それとネット上での声とは、どう違うのか。ネットでは、即時の結論は出ないし、故に、刑罰と云う形での実力行使は行わない、と云う違いはあります。しかし、未成年者事件の親の失業や、経済的困窮は容易に発生する可能性があります。黒木瞳は、ブラック系の役で復活しました(夫はNHK勤務ではありませんが、NHKの助けが大きかった様に思います)が、大津のいじめ事件では、一人の親(AV男優経験あり)の経営する会社(CG関連)は倒産しました。長崎の高校同級生殺人事件では、父親の弁護士事務所は、そのまま経営を維持出来るのか、疑問も感じます(父親の弁護士事務所が報道に対して直接に異議を唱え、報道を抑制した面があったり、「父親は恨んでいない」「新しい母親が来て嬉しかった」などのコメントを流した事で、弁護士事務所自体も非難の対象にされる故無しとは思いません。また、死んだ実母も、夫の威光や長崎スケート連盟理事長と云う地位を背景に佐世保市の教育委員だった訳で、学校教育の在り方を考える際には、その家庭自体に言及する他ありません。長崎県のスケートリンクは全て閉鎖されていて、スケートをするには、他県のスケートリンクに行くしかない状況で、現在の長崎県のスピードスケートは、ほぼ、この犯人の家庭しか存在しません。長崎県スケート連盟の所在地は、今も父親の弁護士事務所内にあります)。
 もう一つの例は、韓国。逮捕された人は、警察署で記者会見と称するものを「強要」されますし、民衆の声が検察側の刑事告発に結びつきやすい国の様にも感じます。これと日本の状況とは、どう違うのか、じっくり考えてみる事が必要の様にも感じます。

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 また、上の例の様に「隠された」ものがネットを通じて露出されるに至るものとは別に、犯罪被害者の側がネットを使って自力で救済を図ろうとする動きもあります。冤罪事件とされるものは、先ずネットに訴えがUPされるのが、現在の一般的な傾向ですが、それとは別に、最近、相次いで話題になっているのは、万引きの犯罪映像。犯人の顔を含めてネットにUPするぞ、と「まんだらけ」が警告を行いましたし、他にもネットで万引き映像を公開する、と警告した店舗はあります。

 警察に万引き犯を「引き渡す」事はあっても、万引き犯を警察が積極的に「探して」はくれない現状で、自力救済を図る動きと解釈する事が出来ると思います。これも、現状では「致し方ない」ものの様にも思えます。

 が、「致し方無い」で現状を追認するだけなら、それは安倍晋三・内閣と大差ありません。あんなのは、「保守」と称するに値しない政治家。深い考察無しに、ぱっと見で政治の方向性を決めている様にしか見えません。が、上の様な事を「致し方無い」と考えがちな私と、安倍晋三の間に、どれほどの開きがあると言うのか。

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 「ペテロの葬列」のネット検索から、こんなところまで話が及んでしまいました。ちと最近思っていた事を書き連ねてしまいましたが、それぞれの事について、じっくり考え直してみる事が必要かも知れないと思ってます(また、ここに戻るしかないのか…)。
 


 5月になると、やっぱり初夏の雰囲気が漂って来ますよね。何故かな?と思っていたのですが、気温の所為だけでもなさそうです。朝なら5時にもなれば周囲は明るくなり、夜は日没時間が6時半くらいになる。夏至までは約1ヶ月と20日前後ですが、夏至でも、感じでは、朝と夜で1時間程度、日が長くなるだけ。今の昼の時間は、8月の初旬と似た様なものの筈です。

 夏の雰囲気を感じても当たり前かな?とも思います。


 これは、私だけの感じ方なのかも知れません。けれど、私の感じるものは、私にはとっては隠しようの無いもの。ここで、憂さ晴らし、って訳です。

 何に反感を感じるか?と言えば、それは、史実(事実)の軽視。実際にあった事を無視し、お話を作っている事。それにも関わらず、村岡花子と云う実在の人物の話に結びつけて放送してる事。

 例えば、安中花子は、実際は2歳で幼児洗礼を受けているが、ドラマでは修和女学校(現実とは違う名の女学校だが、ここら辺は、フィクションを入れ込む為として、私にも了解は出来る)に入学する為に洗礼を受ける事にしてるし、実際は一家で東京に移住したのに、ドラマでは家族は山梨県に残る、など。また、尋常小学校での逸話が、「赤毛のアン」の中の話で置き換えられている場合がある(これは事実かも知れないが、実名と別の「花子」を周囲に自分の名として呼んでくれる様に頼む、とか、学校の男子に怒り、石盤を壊すなど)。
 ドラマを「面白そう」にする為に、事実の基盤を大きく壊したり、勝手に構成するのは、私は好きではない。事実の中にある制約や影響を無視したら、それは単なる空想(フィクション。ちなみに番組の最後には「この番組はフィクションです」と明記はされているw)。それだったら、実在の人の名を引用すべきではない、と考える。私が宮崎駿・監督の「風立ちぬ」を、高くは評価しないのも、同じ理由(堀越二郎の生涯に、堀辰雄「風立ちぬ」を入れ込んでいる。遺族の了承は取ったものらしいが、遺族が了承しても、私は了承出来ないw)。

 これに似た反感は、2013年の大河ドラマ「八重の桜」の後半部分でも感じた。前半部分は、歴史に即した、いいドラマだと思うが、「八重の出番が少ない」てな批判があったそうな。それ故か、後半部分では、何でも八重に結びつけるかの様に見える場面が多く、私は違和感を感じ、ドラマ自体さえツマラナイものに感じた。
 例えば、山川捨松と大山巌との結婚に際しては、実際には仲介の為に大山家に通ったのは西郷従道だったが、ドラマでは大山巌本人が日参した事になる。これはまだしも、ドラマ中で、八重が大山巌と腕相撲を取って結婚の可否を決める事になり、八重がわざと負けた、とされるに至っては開いた口が塞(ふさ)がらない。これが史実ならば、いかに不思議な事だろうと、引用するに文句は無いが、あまりにも荒唐無稽な事をドラマに史実のごとく入れ込むのは感心しない(婉曲的に言ってるが、要は「私は反感を感じる」って事)。尤も、同じ様な頃(二人の結婚は1883年で、次の事例は1873年)、新潟県と柏崎県が合併するに当たり、新潟と柏崎のいずれに県庁を置くか、は相撲で決めた、なんて事例(史実)もあるにはあるが…。

 なお、私は、村岡花子・訳の「赤毛のアン」は、恐らくは読んだ事は無い。あれが省略や訳者の創作に富んだものである事を知っていたし、あんまり好みの物語でもなかったから。初めてまともに文字で(マンガでは、あらすじは知っていた)「赤毛のアン」を読んだのは、結構分厚い完訳(しかも、確か上下2段組の文字組みだった様に記憶してる)であって、1973年前後だったから、おのずと別の訳者のものだった筈。ちなみに、「アンの結婚」までは完訳で読んでいるし、長男が生まれたくらいまでは、このシリーズに付き合って6ヶ月以内くらいで読んでいた様に記憶する。今よりは、ずうっと読書量(本でカウント)は多かったと思う。読む文字量自体は、現在の方が遥かに多い筈だけど、今は、読むものと言ったら、大半は、新聞やウェブの記事だったり、連絡文だったり、で…(笑)。
 


 インターネット上の仮想通貨ビットコインの取引所の一つ、マウントゴックスが2014年2月28日、東京地裁に対して民事再生手続きの開始申し立てを行った。

 同社代表(CEO)のマルク・カルプレス氏の言ってる事が本当なら、これは決して「一取引所の問題」ではなく、ビットコインの信用崩壊に直結するものだ。

 てのは、ビットコインには「管理者」ってものが存在せず、全てがピア・ツー・ピアの網の中で完結されるものだから。そして、疑義のある場合、システム上の多数決で決せられるが、これが想定される様には(正しい方向に)機能しなかった、て事になるから。

 私は、ビットコインの専門家でもないので、一般常識の範囲内で解説します。ニュースで出て来る記者なんかが、「判った様な事」を言ってる割に、一般常識のレベルに達しない「訳のわからない言葉」で時間を稼いでいる様に見えるので、私の記事で「解説」する次第。けれど、私の理解が間違っている可能性はあり、その場合、よりきちんと知っている方からは「間違い」が明確に指摘出来る事でしょう。そういう風に書く様に努めます。
 なお、一般的な知識を得る為には、http://gigazine.net/news/20131007-what-is-bitcoin/ なんかの説明が有用だと思います。

 通常の銀行なんかだと、銀行本体が「管理者」となって、一般取引者(例:預金者)より上位の権限を以て行動する。だから、詐欺が起これば、それを「管理者」たる銀行が、ユーザより上位の権限を以て、調べ、資金の履歴・行方を追跡する事が出来る。調べて、特定口座から「意図しない」取引があったなら、それが、どこの口座に入金されたか、を追跡する事が出来る。だから、「管理者」のいるシステムなら、今回の場合でも、どこの口座(アカウント)に入金されたかは「管理者」側で調べる事が出来、口座自体に匿名性が高かろうが、銀行と同様に(まあ、実際は銀行は、こうした場合、犯人を捕らえられていない場合が多い訳だが…)、詐欺犯を捕える事は出来る筈(筈、ってだけだけどw…詐欺犯を捕まられない理由の大半は、銀行口座の匿名性=現実に存在する誰の口座か分からない事、にある)。
 しかし、ビットコインの場合、こうした意味での「管理者」がいない。全ての参加者は、ユーザ権限しか持たず(では、「プログラム更新はどういう手続きを踏むのか?」って云う当たり前の疑問が湧く筈。これに回答出来るレベルの知識は、今の私には無いレベル。「オープンソース」だってだけ)、システムが他のコンピュータ上で認証(計算)を行い(=マイニング)、その取引情報は、複数のコンピュータ上に配布される(この配布方法は、winnyと同様、ピア・ツー・ピアって事)。複数コンピュータでに配布された取引情報こそが、その取引の正当性を保証する。コンピュータ間で取引情報に齟齬が生じた場合、それはコンピュータに保存された数の多い方を正しいものとする(通常なら、時間的に前の取引の方が、多くのコンピュータに情報を配布している筈って前提に基づいて、多い方を「正しい」情報と「見做す」)。

 この様な方法でシステムが維持されている為、「誰かが勝手にビットコインを移動させ、かつ、引き出した」となると、「自分の持っているビットコインが他人によって勝手に動かされない」「自分だけが自分の口座のビットコインを動かせる」って前提が揺らぎ、自分の口座のビットコインの安全性が脅かされる。
 けれど、一方では、「詐欺犯以外の口座に現存するビットコインが、その所有者のものである」事はかなりの確度で保障される(詐欺犯が、愉快犯の様な形で、自分の利益にならない口座に資金を移動させておくって事が「無い限り」)ので、ソフトとしてのシステム崩壊(=システム内の不整合)には至らない。が、システムの安全性に対する信頼(=システムと現実世界との結合の有効性)は崩壊する。それは、結局のところ、ビットコインのシステムからの利用者の逃避(引き出し騒ぎ)をもたらす事に繋がり、現実で利用されるシステムとしての機能を甚だ小さくし、無意味なものにする事だろう。
 なお、銀行と違って、ビットコインは貸し付けなどでの信用創造は行っていないので、引出騒ぎ(退出者の増加=利用額の大幅縮小)が起こったところで、それはシステムの崩壊を意味しない。

 ところで…この事態に関し、麻生太郎・財務大臣が「破綻すると思っていた」として無関係を装う(=当事者ではないと主張すると同義)のは、無責任のそしりを免れないものだと思う。今の日本の法体制で何らの規制を受けないものだとしても、事前に「投機の動きがあるので、自己責任で」と警告を発するなどはしておくべきだった。まあ、私とて、規制当局が救済に動く必要は無いと考えるが、法的規制権限が無いとしても、「だから責任が無い」と無関係なポーズを採る事は適当だとは思えない。何となれば、規制当局は規制案を作る事も出来た筈だから。「破綻すると思ってた」なら、「「何故、何もしなかったのか?」が問われて当然だし、何より大切なのは「今後、どうするか?」。特に、マネーロンダリングへの対応だ。
 そうでなく「破綻すると思ってた」なんて言ってるのは、単なる後知恵で言葉を吐くのと同じ。恐らく、麻生太郎は、TVニュースで訳の判らない解説をしてる方と同じく、何も理解してないんじゃなかろうか? 麻生太郎の発言の特徴の一つは、物事をおおまかには把握しているものの、知識の正確さ・精緻さに欠け、それを確認する事を怠るところにあるのだが、今回も、そうした特徴を維持した発言なんだろうと考える。


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