亀井静香さんとかの、自民党で、郵政民営化に反対票を投じ、結果、今回の選挙で自民党からの公認を得られない見通しの方が口々に言う言葉が「小泉首相は強権的、独裁的だ」との言葉です。確かに、かつての自民党は下からの積み上げを重視し、手続きに配慮した党でした。しかし、それは、自民党が、政権に群がっていた烏合の衆だったからではないでしょうか?
 日本は自由主義の国です。反対したからと言って、自由を奪われる事はないのです。政策が違えば、袂を分かつのは当然。最優先課題なのか、どうか?の解釈も、政策の一部です。票を獲得出来る事だけを重視し、集まって来た今までの姿こそが異常だったのです。ここに至って、確かに小泉首相は、ある意味「自民党をぶっ壊した」のではないでしょうか?

 但し、今回の小泉首相のやり方が自民党の慣行を無視したものである事は意識しておかなければなりません。この慣行を守るべきなのか、どうか?は支持者の選択です。私は、守るべき慣行である、とは評価していませんが。
 自民党の慣行とは、総務会で全員一致で合意を取り付ける、その事によって初めて党議拘束が生ずる(過去の例外は1件だけだそうです)、と云う事です。全員一致との原則は、リーダーシップを削ぎ、本当の改革を妨げ、政策を玉虫色の効果の薄いものにする、として、小沢一郎氏もかつて非難していた制度です。私も全員一致でなければいけない、とは思いません。
 しかし、小泉首相の慣行無視は、これに止まらなかった。今回の郵政民営化法案に関しては、当初は総務会に諮る事もなく、政府提出と云う形で国会に提出した。その後、総務会に諮ったが、全員一致の賛成は得られず、結局多数決で賛成された。この様な状況で、党議拘束をかけ、反対や修正を求める運動は倒閣運動であると決めつけた(でもって、参院で否決されると、衆院を解散しちゃった)。
 反対派にとっては、最後の法案自体に自分の意見が容れられる余地は無く、「独裁的」と非難するのも当然とは思います。しかし、これは自民党内の多数の力による少数の意見の封殺なんですよね。それまでの部会では意見を聞いていたものの、聞いていただけで最後の法案に意見を容れられる事なく終わってしまった。何か、今まで何度も繰り返されたどこかの話を聞いている様な気分です。が、小泉首相は自民党総裁としては、全党(これが同じ党に在籍している意味があったか?の議論は必要ですが)の意見の統合には、明らかに失敗しています。

 ところで、亀井さんこそ、かつて大臣時代に自分の主張と、法律に基づかない数から来る権力で業界を動かそうとして「強権的。あれは亀井さんの性格によるものだ」と、経団連幹部に言わせた方なんですよね。笑っちゃいます。

 また、小泉首相は、スローガン政治と言われる様に、論理を尽くして説明すると云う事が苦手な方の様で、「民で出来る事は民に」と云った一言を繰り返すばかり。国会党議などでは、質問に真正面から答えるのでなく、それに関連はあるが、論点のずれた話を延々と喋り、国会審議では限定されている時間をそれでやり過ごしてしまう。あんまり民主主義の本質を語るに相応しくない特質も持っているのは、間違いない様です。この特質は、2005年8月29日の日本記者クラブでの党首討論でも明らかになっていました。
 スローガンとパフォーマンスを駆使して人気を保つのは、ヒトラーに似ていますが、けど、それを以て小泉首相をヒトラーになぞらえる国民新党の主張もどうかと思います(国民新党のHP http://www.kokumin.biz/に行くと、左下の「4コマ」と云うボタンから、亀井事務所が作成したと思われる、センスの無いけど、笑えるマンガを見る事が出来ます)。

 将来的には、民主党が政権を獲る事を願う私としては、民主党が政権のみに執着して、新たな烏合の衆とならない事を願うばかりです。今回、民主党は、政権を獲れなかったら(初の当選議員数減になる可能性もあります)、政界再編に進んで、主張をはっきりとした政党にして貰いたいものだ、と思います。

参考:2005年8月29日付朝日新聞夕刊第5面に金子勝・慶応大学教授の書いている「論壇時評」が、小泉誠治について分かりやすいストーリーを提供してくれています。これが事実に即しているか否かを検証する能力を私は持っていません。が、納得できる論説です。是非、読んで頂きたいと思います。この記事については、このブログ内の次の記事でも触れています。

【参考資料】金子勝「ポピュリズムとニヒリズム」(朝日新聞2005年8月29日付夕刊第5面)
http://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/9941213.html

 また、同面の池田浩士氏の書いている「こころの風景~ヒトラーは良いこともしたか?」も注目すべき論説です。